死ということ

私、小学生の頃に「死にたくない」と夜中に号泣して母親を困らせたことがあります。
別に死に瀕した状況にあったわけではありません。
同年代の女の子が洪水で亡くなったことをニュースで知り、いつ自分が死ぬかもしれないという現実に気付き、怖くなったのだと思います。

で、母親の答えは・・・「ノートも終わったら捨てる。いつかは死ぬ」でしたが(*_*)
とうてい納得できませんでしたが(^_^;)

先日、まさかの金正日(キムジョンイル)総書記の死亡報道がありました。
健康不安説はかなり取りあげられていましたからいつかとは思っていましたが、最近はそんな説もありませんでしたし流石に驚きましたね。
報道があっても誤報じゃないかと思っていましたが、遺体も放映されていましたし、いよいよ本当のようですね・・・

ひとつの時代が終わった。
彼の行いの善悪に関係なく、有名な人が亡くなるとそう感じます。
でもそれって有名だから思うだけで、一個人がなくなっても時代が終わることには変わりないんですよね。
そうやって命を繋いで今の時代があり自分がいるわけですし、金正日総書記の死をもって改めて、やはり1人の命を大切にしたいと改めて思いました。
あ、総書記の命を大切にとかじゃなくてね。

北朝鮮、これからどう変わるんでしょうかね。
金正日総書記の父の代から始まり、後継者は三男とされています。
28歳ですって・・・どれだけ統治できるのかとか、これから先また長く独裁するのかとか色々と他国ながら考えてしまいます。

死をもって振り返っても意味はないわけですから、死が来る前に国家を振り返り行動してほしいのですが、父の遺体を前にそれを理解しているかどうか・・・
金正日総書記に似たカップクの良さからはあまり期待できないような気もしています。

死ということ、その前に自分のすべきことは何か。
北朝鮮事情ほど深刻ではないにしても、自分の中のどこかにも忘れずに置いておきたいことだなと感じています。

Posted by admin in ダイアリー